• 原 薫

環境から環響へ(1)



 企業に求められるSDGsへの取り組みが、表面的な社会貢献活動から本業での姿勢に変化しつつある中、これまで利益を追求してきた企業側からは「何が環境対策として求められているのかがわからない」という声も聞かれます。


 また私たち林業会社は、木を植えれば褒められ、木を伐れば自然破壊だと叩かれますが、一方で、新聞などでの露出が増えると、なんとなく環境活動に積極的な「エコ」な会社だと思われたりします。


 何をもって「エコ」なのか定義が不明確な上、環境問題というのは非常に観念的なものであり、結果、どこか他人事になってしまっているような気がします。


 私がこのコラムのテーマを「自然」=「しぜん」ではなく「ジネン」としたように、「しぜん」への負荷を減らすだけで環境問題が解決するわけではなく、私たち自身が自然の一部であり、同様にすべての存在がひとつだという認識をもてなければ根本的には何も変わらないと考えております。


 多くの人が感じ始めている「何かを変えなければならない」というその「何か」は、「ジネン」であると私は確信しています。しかもそれは根本的な変化であるという意味ではパラダイムシフトかもしれませんが、認識とは書いたものの、頭で考えることではなく、誰もが本能的に「わかって」いることでもあります。


 『懐かしい未来』という映画がありますが、まさに懐かしいという安心感を伴った感覚の中に「ジネン」はあるものです。「ジネン」を忘れてしまっている私たち人間は、この地球上で現在唯一「自然の摂理」から逸脱した存在になってしまっています。近代医学の父、ヒポクラテスが「『自然』から離れることは病気を招く」と喝破した通り、世の中を見渡すと身も心も病んでしまっている方が多い、きわめて不自然な状況です。


 「自然の摂理」と書きましたが、これは「宇宙の法則」或いは「天の意志」とも表現できるでしょう。「天の意志」は「天意」―これを昔の日本人は「あい」と読みました。今は「愛」と書きますね。「愛」は「天意」なんですね。つまり「愛」が宇宙の法則であり自然の摂理なんです。何回か前のコラムでSDGsについて書きましたが、なんとなく押し付けられた感があるSDGsも、すべての存在に対して「愛」ある関係をもつことなのだと考えたら、なんだか喜んで取り組みたくなりませんか。


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